山谷と朝市

 

山谷地区には朝市がある。
天候が悪くなければほぼ毎朝やっているが、平日よりは土日の方が露店の数は多いであろうか。
通称「ドロボウ市」と言われているこの市は、友愛会の側道をまっすぐに入って行き、複合型介護施設ほうらい(元の蓬莱中学校跡地)と玉姫公園の十字路を中心に開かれる。
ドロボウ市は山谷のおじさん達の交流の場であり道具仕入れの場であった。
山谷に住む日雇労働者には、土方・大工・鳶と言った職人が多く、仕事に使う道具の売り買いがされていた。そんな道具露店の合間に、豚汁屋や古着屋、古本屋、雑貨屋などがゴザを広げていた。朝の6時前から始まり、8時前には撤収する。
20年ほど前に、私が山谷に来た頃は、20軒以上が並び、行きかうおじさん達も大勢いて歩きにくいほどであった。
このところは、日雇労働者もめっきり減ってしまったため、道具露店は1~2軒である。中古のDVDや、中古電化製品の露店、古着屋、雑貨屋が10軒ほど並ぶ程度になっている。行きかう人も、表通りのドヤに泊まっている外国人の旅行者などが目に付く。

「ドロボウ市」の名は、もちろん定かではないが、盗品も含めて、「“でどころ”の分からないものも売っている」ということに由来しているようだ。
18年前くらいの冬のことであろうか、その頃私が参加していた山谷の支援団体に、多くのシェラフ(寝袋)が寄付されてきたことがある。路上生活をしているホームレスの方々に配ることになった。翌々日の朝、ドロボウ市に行ってみると、一昨夜配ったシェラフがあちこちで売られている。若かった私はやや落胆したのを覚えている。一晩使って売ってしまったのであろう。多分酒代にでも変わったと思う。
そういった山谷のホームレスに「ダメ人間」という方も多いであろう。
若き私も実際そう思ったのだが、その後少々捉え方が変わった。
山谷のおじさん達にはアルコール依存症の方が多い。多いというよりほとんどがそうかもしれない。依存症は、「本能の障がい」と言い換えられようか。本人の意志とは関係無しに飲まずにはいられない、無意識に飲んでしまうようなものである。
シェラフを売って酒を買ってしまうのも、彼が悪いとは言えないと思うのである。依存症によってそうしてしまうのであろう。
寒い冬に、一晩なり、数晩なり、凍死せずにすんだことを「是」と考えることも出来よう。

何にしても、この「ドロボウ市」も活気がなくなってきている。
寄せ場「山谷」の終えんは、こんなところからも感じるのである。

2018年01月08日