友愛会の支援者への手紙 43
十二年経って
今から十二年前のことである。
十二年前の5~7月にかけてのことであった。
警察から「水死体があがりました。多分、友愛会にいた方だと思います」との電話を受けた。
スタッフが本人確認のため警察署に行くと、確かにその2ヶ月前まで友愛会にいた方だった。
その方はかなりひどいアルコール依存症であった。
飲酒してしまったのをきっかけに友愛会を飛び出していたのである。
警察の話では靴が並べて置いてあったとのことで、おそらくは自殺であろうとのことであった。
所持金は60円だけだったと言う。
いつも酒を飲むと人が変わり暴れて威勢よく友愛会を飛び出すのだが、そのときまでに何度そんなことを繰り返していたであろうか。
すでにアルコールの所為で肝臓は壊れていた。
飲んだら体に障ると話したり、依存症のための治療や回復プログラムをしないかと話すのだが、聞く耳を持たず怒ってしまい、スタッフの目を盗んで外出し、飲んで、暴れて、救急車で運ばれ、また逃亡して、探して見つかると「ごめん、戻りたい」と言って、すごすごと戻ってくる…。
そんな繰り返しであった。
この時は探しても見つけられずに…、そしてこんな結末になったのだった。
スタッフ一同、忸怩たる思いの中、自分たちのかかわりを振り返った。
何か自分たちは間違っていたのか、違うかかわり方はなかったのか、もっと徹底的に外出させないようにした方が良かったのか、否、彼の生き方を縛ってはいけないではないのか、彼の気持ちをどこまで理解できていたのか…と。
彼は身寄りがなかったので、警察とも話をして、友愛会の共同墓地に埋葬させていただくことにした。
警察の方で火葬してもらった後、墓地のあるお寺に数名のスタッフで向かい住職にお経をあげてもらい埋葬した…。
あれから十二年、私たちは多くのアルコール依存症の方やその他の依存症の方たちとかかわってきている。
しかしながら、いまだに依存症の方が“前向きに生きていける”ために私たちができることについての答えを見いだせないでいる。
まぁ答えなどないのであろうが。
止めた人ももちろんいる。止められない人ももちろんいる。
そもそも止める止めないが一番重要な問題ではない。
その人自身が破滅的ではない前向きな日々を見つけられるかが大切なのであろう。
彼の命日に合掌しながらそんなことを考えるのである。