暮らすことと生きること

皆さんは、「暮らす」ということと、「生きる」ということの違いは分かりますか。
「暮らす」というのは、生活すると言ったら分かりやすいでしょうか。文化的なものですよね。
それに対して「生きる」は、もっと原始的な意味ですよね。生命をつないでいるような意味と言えばよいのでしょうか。

言葉として違いを考えれば、なんとなく分かります。では、その違いを意識的に考えたり、目にしたり、実感することはあるでしょうか。日常の中ではあまりないと思います。自分や家族が大変な病気になったり、地震などの突然の災害にあえば考えるかもしれませんが。

友愛会で活動していると、「暮らす」と「生きる」の違いをよく考えます。路上生活をしていた方が、体を壊すなどしてどこかの福祉事務所に相談に行き、生活保護がついて友愛会などの施設に入所します。それは、「暮らす」と「生きる」のひとつのターニングポイントになる場合があります。

友愛会に来るまでのその人は、その日を「生きる」ことに一生懸命であることが多いのです。考えることは「生きる」ためのことばかりです。眠る場所を探す、食べ物を探す、着るものを探す。
わたしたちの生活では、日ごろ「よく眠れる場所や時間」は探しても、「眠るための場所」は探す必要はありません。「食べたいものや健康に気を使った食べ物」は探しますが、「空腹を満たす」ためには探す必要はありません。「気に入った服や着飾るための服」は選び探しますが、「肌を隠すためや暖をとるための服」は探す必要はありません。

もちろん路上で生活している方でも多少の生活の差はあり、食べ物や着る物を選んでいる人もいるでしょう。しかし、明日の食べ物や寝床に不安を持っている人もたくさんいるのです。毎日がサバイバルなわけです。そりゃあ「生きる」ことが思考の大部分を占めざるをえないですよね。

何らかのきっかけで友愛会などの施設で生活することが決まると、明日の食べ物や寝床に不安だった人は、自分の布団(ベット)と三食のごはんを得て、最低限の生活は満たされます。これは、その人にとってはとてつもない変化のようで、人によっては涙を流して喜んでいる人もいます。明日の「生きる」ことへの不安がなくなるのは、それだけほっとするのでしょう。そして「生きる」から「暮らす」に変わっていくのです。

「暮らす」ことへの変化は、色々な動揺を起こします。分かりやすく整理して話すために、マズローという心理学者の「欲求階層説」という理論を紹介してみます。

マズローは、人間の欲求を五段階に分類して説明しています。そして、低次の欲求が満たされると高次の欲求を満たすように動機付けられるのだと言っています。一番低次の欲求は「生理的欲求」(食欲や性欲、睡眠・排泄・空気・庇護への欲求、物欲、金銭欲など)で、その次は「安全・安定の欲求」(安全、住居、衣服など)。その次は「社会的欲求」(集団に属したり、仲間に受け入れられたりすること)、その次は「自我・自尊の欲求」(尊敬されたい、名声を得たい)、そして最も高次の欲求は「自己実現の欲求」(自己の能力を発揮して目標を達成すること)です。

友愛会を利用し「生きる」から「暮らす」に変化するのは、マズローの理論で言うところの「安全・安定の欲求」から「社会的欲求」への移行でしょうか。彼らが友愛会に来て「安全・安定の欲求」までを曲がりなりにも満たすと、周りの人との関係に欲求が向かいます。それまでの欲求が自分自身のことに限局されているのに比べ、「社会的欲求」は関係性の欲求ともいえます。それがゆえに、ここでの欲求の移行は動揺が大きいのです。人間関係を構築することから思考が離れていた方々が、施設という一つ屋根の下で、欲求においても環境的にも人間関係を要求されるのですから。

友愛会での支援のひとつには、「暮らす」ことへのお手伝いがあります。同じ施設内でお互いを尊重しあって生活することがその良い例です。他人同士が集団生活をするのですから、それは大変なことです。しかし私たちスタッフが生活のルールを決めるのではなく、利用者がみんなで話し合ってお互いの意見と価値観を確認しあいます。私たちは、利用者同士が面と向かって言い合えないときにオブザーバーとして一緒に話を聴きます。お風呂の時間ひとつとっても、掃除の仕方ひとつとっても、他人同士ならばぶつかるものです。でもそれが「暮らす」ということなのです。

良い生活を得ていくということは、順風満帆に右肩上がりにということばかりではありません。「暮らす」を得るために、生活の些細なことでも本人にとっては乗り越えられない壁になることがあります。それを一緒に考え、解決し、がんばっていくことが私たちの大事な仕事であると、最近はよく思うものです。

以前、友愛会を利用していた方が、ときどき元気な顔を見せに訪ねてきます。年輩の方なので仕事は見つけられなかったのですが、友愛会にいるときに体がある程度健康になったので、生活保護を受けながらアパートで一人暮らしをしています。その人のとてもうれしい言葉があります。

「友愛会にいるときは、スタッフは何もしてくれないし、一緒に住んでる他の利用者はわがままだと思っていたけど、ここを出てやっとわかったのよ。世間にはいろんな人がいるから、ここでスタッフと一緒にあれやこれやめんどくさいことを繰り返して、みんなで話したことの意味がわかったよ。あんたたち、色々考えてくれてたんだね」そう言ってくれました。伝わってよかったなぁと思います。