明け方の蚊取り線香

「引出がなくなる」、「八方ふさがり」。
スタッフが最近、これに似た言葉をよく口にします。何をしていいのか、どこに次へ進む答えがあるのか、それがわからなくなることが、私達の活動の大部分をしめているようです。まるで季節を違えた渡り鳥のようにとでも表現すればいいのでしょうか。

私ども友愛会は「宿泊所」と言われる施設を4ヶ所運営しています。
この「宿泊所」というのは、生活保護を受けている方で身寄りがない方や高齢の方、慢性疾患や心の病の方、年金を受け一人暮らしの方、無認可の金融機関で借金を作ってしまった方、家庭内暴力から逃げてきた方など、様々な理由で生活の場に苦労する方々が利用するところです。

特に昨今は、心の病を患う方や、これまでの苦しい人生ゆえに頑なに心を閉ざす方などが多く利用しています。

本来、「宿泊所」は第2種社会福祉事業施設として認可され、「火災・立ち退き・高家賃等により住宅に困っている低所得の人及び生活困難等により住宅確保のできない方」を対象としたものです。
しかし現実的には、多くの利用者が「路上生活者」「野宿生活者」「ホームレス」などと呼ばれる住所不定の方々で、一時的・緊急的な生活空間として利用されています。

ホームレスになってしまう理由は人それぞれですが、多くは借金、日雇い労働による不安定な収入、高齢化、年金未受給、家庭内暴力、リストラなどがきっかけです。
「そんなことは頻繁にはないだろう」と思われるかもしれませんが、私たちの周りではよく耳にします。

たとえば、会社が倒産し家族に見放され、死のうとしたが死にきれず路上生活に至ったという話は珍しいことではありません。
「好きで路上生活しているのだろう」という声も聞きますが、実際には、自殺すらできず、プライドを捨てざるを得ない状況に追い込まれ、「好きでやっている」と自分にも他人にも言い聞かせている方が大半なのです。

これは推測ではなく、私自身がこれまで多くの路上生活者と話してきた中で実感していることです。

路上生活者だけではなく、家庭内暴力から逃げた人、知的・精神障害がある身寄りのない人なども、自分ではどうしようもない事情でホームレスになります。
好んで家もお金も家族もない生活を選ぶ人がいるでしょうか。

友愛会のスタッフは、宿泊所に入所する悩みや病を抱えた人たちと、悩みの解決や病との付き合い方を一緒に考えながら、よりよい生活が営めるよう日々活動しています。

スタッフは若い世代が多く、利用者の平均年齢が60歳を越えているため、まるで子や孫の世代です。
人生の先輩である利用者の方々と、アルコールを断つために頑張っている人、仕事への意欲が持てない人などと共に歩もうとすると、この年齢差が大きな壁となることもあります。

利用者にとって、厳しい決断や誘惑に打ち勝つことは容易ではありません。
そんなとき、若いスタッフの正論が、腹立たしく聞こえたり、偉そうに感じられたりすることもあるでしょう。
彼ら利用者の体験をスタッフは実体験として知らないのですから、「正しいことは分かっているが、できないものはできない」と思われても無理はありません。

人に関わる仕事は難しいものです。
特に医療や福祉のように相手を支える仕事は、我慢をお願いしたり、できないことをできるよう促したりする「変わるためのお手伝い」と言えるでしょう。

しかし「変わる」ことは簡単ではありません。
まして長い年月を生きてきた人が自分を変えることは、10万ピースのパズルを組み立てるより難しいかもしれません。
さらに、自分ではなく他者が変わるためにかかわるとなれば、なおさらです。

間違った関わり方をすれば、要望が強要になり、背中を押すつもりが無理やり手を引くことにもなりかねません。
「どこまで関わるべきか」「押し付けになっていないか」「彼らの考えに口出しする権利があるのか」
スタッフは日々悩みながら向き合っています。

私はこの“お節介”に思われがちな活動を、「変える」のではなく「伝える」活動だと捉えています。
答えを与えるのではなく、考えるきっかけや材料を提示する仕事です。

その材料を使うかどうかは本人の選択です。
材料が多ければ多いほど、本人が間違った材料に気づけたとき、次への一歩になります。

たとえその場で伝わらなくても、言葉や思いは本人に残る。
残ったものが「きっかけ」や「材料」になるのなら、私たちの活動は“お節介”ではなく“お手伝い”へと意味を持つものになると信じています。

答えを求めない活動は、目に見えるゴールがなく、進む方向を定めにくいものです。
ぐるぐる回っているだけで、闇の中にいるように感じることもあります。

しかし、それは夏の夜の蚊取り線香のようなもの。
暗い夜に小さく回り続ける火でも、夜明けは必ず来ます。
朝には線香の火は真ん中まで進み、自分の役目を果たしています。

私たちの活動も、そんな「明け方の蚊取り線香」でありたいと思います。