友愛会の支援者への手紙 34

 

山道を歩くが如く

「ずーっと一人で山道を歩いているような感じだったんだ」
4年ほど前に亡くなったAさんがそんなことを言っていたのを不意に思い出した。
30代はじめに統合失調症の診断がついて、それから入退院を繰り返してきた。
母を早く亡くし、15年ほど前には父が他界した。
それからは、父が残してくれた不動産、古い物件ではあるがアパートの家賃収入と障害年金で生活してきた。
アパートの一室が自分の住処でもあった。
独りになってからの彼の日々は、ご飯を食べに近くの食堂に出かけることと、定期的な通院。
聴こえてくる攻撃的な幻聴は消えず、大声を出して声と闘っても、結局逃げられずに閉じこもる毎日。
そんな中、家に来る人ができたのは、彼にとって救いとなったようだった。
「いつも行ってる食堂で一緒に焼肉定食を食べよう」
「父が集めてた本で好きなのがあったら持って行ってください」
「一緒にCDを買いに行ってくれませんか」
「近所のスーパーで団子を買ってきたんです。食べてほしくて」
幻聴が消えたわけではない。
それでも週に3回顔を出す私との時間が彼の単調な日々を少しずつ変えたのであろう。
「暗い山道を一人で歩いていたんだ。今も山道を歩いている。でもあまり暗くは感じないんだ」
ある出来事がきっかけで調子をひどく崩し、入院となった。
妄想と幻覚が強い中、入院をすすめた私に彼は優しい目で言った。
「退院してきたら、いつもの定食屋にまた食べに行こう」
私は早く退院してきてねと伝えた。
数か月後、Aさんは、入院中に事故で亡くなった…。
事務所の私の机には、彼が貸してくれた”父の本”がある。
約束の定食屋に一人で行って、この本を読みながら焼肉定食を食べた。
一人で食べながら「暗い山道」を想像する。
そして”暗くは感じない”と言ったものが何なのかを考えるのであった。

2018年06月15日