友愛会の支援者への手紙 26

 

伝える

私たちの仕事は「選択肢の提供」だと思う。
何度となく色々な場面で話してきたことである。
本人が決めていく「生き方」に、私たち援助者はより多くの選択肢を伝えていくことが大切なのだと。
伝えていくこと…。
そう、しかしながら「伝える」ことがあまりにも険しく困難なことが多々ある。
知的障がいや精神障がいなども、それを困難にする要因となることもある。
認知症なども同様である。
そして、そういった障がい性や疾患ではなく、“その人のスタンス”や“価値観”も「伝える」ことを阻害することがある。
語弊のないように説明すると、それはこちらが正しくてあちらが間違っているということを前提とした話ではない。当たり前ではあるが、「伝える」ことは、投げかける人と受け取る人がいてはじめて成立することなんだと、いつも痛感するのである。
たとえば、利用者さん同士で些細なことから諍いになることがある。
Aさんはとてもきれい好きな方で、台所に水滴一つ付いていないほどきれいに使う人。
Bさんは大雑把ではあるが、特に汚く使うわけでもなくそれなりに片づけもしている人。
そんな二人の間で、洗い場の排水口がきれいにされていないことを発端に口論となる。
Bさんがたまたま一度排水口の掃除を忘れていた。
Aさんは、Bさんがルールを守らないと言う。
壁には、「台所は皆で使うところだからきれいに使いましょう」と書いてある。
そのルールをBさんが破ったのだからBさんが悪いと。
Bさんも謝った。しかし、そのことを皮切りにしてAさんは、Bさんの「ダメなところ見つけ」をするようになり、それがエスカレートしていく。
その状況にスタッフは仲裁に入る。
色々な人がいること、一般的に誰が見ても汚いと思える状況ではないならそれでよいのではということなどを話す。
Aさんはくってかかる。汚くしているのはBさんだと。壁に貼ってあるルールを何故守らない人を庇うのかと。
皆で住んでいるところだから、お互い自分の価値観を押し付けないようにしなくてはと諭しても、Aさんの耳には入らない。
私は間違ったことは言ってない。何故私が注意され、諭されなくてはいけないのかと。
Aさんが友愛会の宿泊所に入所するまでの経緯では、このような諍いで仕事でもプライベートでも家族の中でも、人間関係を壊してきたことが大きな要因として考えられた。
どんなに伝えようとしてもAさんはこちらの言わんとする意図をくみ取ろうとしない。
「私が間違ったことを言っているのか」と。
上手く伝えきれない結果、AさんとBさんを別々の環境(友愛会は宿泊所を複数持っているので移動してもらう)に離す。
それは、もちろん根本的な解決にはならない。
Aさんはまた別の誰かとそういった諍いを起こす。
現実として「伝わらない」ことなんて山ほどあることを、もちろん私たちは知っている。
それでも懲りもせず、いつか「伝わる」のではと思いながら「伝え方」を悩み続けるのである。

2018年03月09日